どうもテレビというやつは、本質的なところが上手く伝わらないメディアのようです。数年前、わたくしの診療所では、ヌルヌルの見るからに汚い入れ歯を持参してくる方が多かったので、どうして入れ歯を磨かないのか、お尋ねしたことがあります。その返答が「え? だって、入れ歯に歯ブラシをかけると傷だらけになるんでしょ? 」と、半ばお怒り気味にお答えになられる方も少なくなかった。
どうやら某入れ歯洗浄剤のCMが原因のようでした。同CMでは、“入れ歯に歯磨き粉をつけて歯ブラシで磨くと傷がつく”と言っていましたが、それを多くの入れ歯ユーザーさんが“歯磨き粉をつけて”のところを飛ばして“入れ歯を歯ブラシで磨くと”と勘違いしたことが原因。だから製薬会社(CM製作会社、更にはコピーライター)に罪はないのかもしれないけれど、入れ歯に歯ブラシをするかわりに毎日のように○○デントに入れ歯をポチャンしなきゃというイメージを植えつけ、少なからず売り上げを伸ばしたはずなのだから、確信犯的なうまい商売(CM)である、とわたしはみています。まあね、人間誰しも、少しでも楽をしたいのが本音でしょうから。
歯磨き粉とは、乱暴に言えば合成洗剤に研磨剤を入れたものだと思えばよいのです。「え! そんなもので歯を磨いていたの?」と眉をひそめる方も多いかと思うけど、よくよく考えてみれば、皿や茶碗には合成洗剤をつけて洗ったほうがよりきれいになるわけでしょ? だから箸やスプーンと同じように口の中で使う入れ歯だって、食器洗い用の洗剤で磨けばいいことになる。逆に、歯ブラシをかけずにただ洗浄剤にポチャンするだけでは、絶対にキレイにはならない。たしかに99%除菌とうたっているけれど、バイ菌の温床になっているヌメリはほぼとれないと思っていい。たとえほぼ無菌だったとしても、そんなヌメっとした入れ歯を口に入れたならどんなことになるか、もうおわかりだと思う。なにせ口から肛門に至るまでの経路から、細菌をゼロにすることは不可能なのだから。
無論、入れ歯洗浄剤を使わなくていいと言っているのではありません。ただポチャンするだけでは、まるで洗濯機に洗剤を入れてスイッチを押していないのと同然だということをお忘れなく。
ところで例の洗浄剤のCM、同じような指摘があったのかはわかりませんが、最近では入れ歯に傷がつくとは言わなくなり、除菌と臭い取りの効果を前面に打ち出すようになりました。たしかに入れ歯特有の臭いの原因は、バイ菌が作り出しているわけですから、この点では効果てきめんでしょうね。だけどテレビCMに限らず、たけしさん、みのさん、志の輔さんあたりがもっともらしく解説する方が、わたしなんかが言うより患者さんの心に響くというのはなんとも寂しいかぎり……ま、これは仕方ないか。
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